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空気を読まないサラリーマンをやってます。1980生まれ男です。既婚。2011年生まれ息子、2013年生まれ娘あり。

★1(★☆☆☆☆) 杉原千畝 (小学館 学習まんが人物館) (学習まんが 2001) レビュー

※)これは”チラ裏”レビューです。あまり十分な推敲もしておらず、本来はチラシの裏にでも書いて捨てるレベルの駄文ですが、ここに書いて捨てさせていただいております。この先は期待値をぐっと下げて、寛容な気持ちでお読みください。ではどうぞ。

作品名:小学館 学習まんが人物館 杉原千畝〜六千人の命を救った外交官 (学習まんが 2001)
評価:★1(★☆☆☆☆)
リンク:https://www.amazon.co.jp/dp/B07LG344Q8

本書は杉原千畝の伝記漫画。製作スタッフは、渡辺勝正(監修)、あべさより(まんが)。

杉原千畝の「命のビザ」の美談を紹介する学習漫画だが、杉原は最初から最後まで人間的に素晴らしい聖人のように描かれていて、嘘くさく感じた。杉原や杉原夫人が自己アピールのために誇張しているかもしれない内容を大して検証もせずにそのままエピソードとして採用していると思われ、内容の信頼性が疑われる。漫画の作画レベルも非常に低く、目だけキラキラしていて気持ち悪い。

全体を通して、侵略戦争が当たり前だった当時の社会情勢の中でどう国防をするのかという視点が一切なく、ただ闇雲に反戦、「平和主義」、「人道主義」の綺麗事を言っている。また、そういうお花畑脳の「日本は悪い事をした」「日本軍国主義」という認識なので日本の軍隊についてまるで悪人であるかのように描いているので読んでいて気分が悪いし、読者の歴史認識を歪めるので教育にもよくない。たとえば以下のような描写だ。

・(p.37)(外務省の試験に合格して採用され)杉原「世界中の人たちと知り合って話をして、いつか戦争のない時代をつくるんだ」→本当にそんな事言っていたのか?まず絶対に言ってないだろう。

・(p.44)(1932年、満州国勤務時代)軍人「北満鉄道など戦争をしてぶんどればいいのだ」外交部の職員「いや戦争は避けなくてはなりません。ソ連との話し合いで」軍人(扉を乱暴に蹴り飛ばして)「なんだと、逆らうのか!やってみるがいい。失敗するに決まっている。ふんっ。」杉原「あんなに怒鳴り散らすなんて、なんという態度だ…」→これも、本当にそんな事言っていたのか?日本の軍人の評判を貶めるための誇張のある演出だろう。

・(p.52)「そのころ、満州国には日本の軍人が入ってきて、酷く威張り散らしていました」軍人(露天のりんごを勝手に取ってつまみ食いして)「なんだこりゃまずい(ぺっ)」「日本のものとは比べものにならん」店員「お金を払ってください」軍人「こんなひどいりんごで金をとろうってのか。ふざけるな!(ドカッ)(売り物のりんごを箱ごと殴り倒す)」→同上。

また、杉原千畝の「命のビザ」の美談そのものにも左翼の半日宣伝のための嘘や印象操作が含まれているという主張がある。「杉原美談の偽史と日本のユダヤ人救出/落合道夫」という書籍のポイントをまとめると以下になる。

・杉原は「日本の外務省の方針に反対してビザ給付した。また戦後そのために外務省に処罰され解雇された」と、日本政府を非難し自分を上げるアピールをしているが、これは事実と異なる。第一に、彼は外務省の許可を得てユダヤポーランド人へのビザ発行を行っておりその後罰せられるどころか出世し叙勲までしており何のリスクも負っていない。第二に、戦後の退職は米占領軍GHQの指令による外務省の七百名に上る退職者の一人に過ぎず、正規の退職金も年金ももらっているから、退職は処罰ではない。

・杉原のストーリーではまるで杉原一人がユダヤ人救出をしたように宣伝されているが、実際は当時ユダヤ人にビザを給付した日本の領事はベルリンやウィーンにもいたし、単にビザ発行事務をしたこれらの領事館員よりも樋口季一郎陸軍少将、安江仙弘大陸軍大佐、犬塚惟重海軍大佐の三人の方が重要な役割を演じ、ユダヤ人協会から感謝されている。これらの3人は1941年にユダヤ人の恩人名鑑(ゴールデンブック)に正式に記録されたが、杉原は記録されていない。

・第2回目のユダヤ人救出事業は1940年7月、欧州ユダヤ人協会のルビー・アブラハムが上海の犬塚大佐を訪ね、リトアニアからポーランドユダヤ人をシベリア鉄道経由で日本に送り、その後米国に逃す事を要請した。犬塚大佐は総領事に連絡し、その結果外務省はビザ給付を黙認許可することにした。したがって、杉原夫人が言う「杉原が外務省の指示に違反してビザを発行した」という事実はない。

・杉原はロシアとの関係が深く、ソ連スパイであった可能性がある。満洲国外交部の通訳時代、彼はセルゲイ・パブロビッチというロシア名を持ち、ロシア正教に帰依し、クラウディアというロシア人女性と11年間結婚していたが1935年に離婚、杉原夫人は2番目の妻。戦争末期、1944年杉原は家族とともにブルガリアソ連軍の捕虜となった。しかし他の日本人捕虜が奴隷化されていたにもかかわらず異例の厚遇を受け2年で帰国した。1947年に外務省を退職後、1960〜75年までモスクワで3つの日本商社の駐在所長として過ごした。これはソ連KGBの監視下に置かれていた可能性がある。

落合先生の本の内容と、この伝記漫画の内容は食い違うところが多いが、両方を読み比べると圧倒的に落合先生の主張の方が筋が通っていると感じる。

なお、この伝記漫画では11年も結婚していたロシア人妻の存在を無かったことにしている。伝記作品で初婚の女性の存在を消すのは、それが都合の悪い事実だからではないのか。信用できない。