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空気を読まないサラリーマンをやってます。1980生まれ男です。既婚。2011年生まれ息子、2013年生まれ娘あり。

★1(★☆☆☆☆) あんぱん(NHK朝ドラ 2025) レビュー

※)これは”チラ裏”レビューです。あまり十分な推敲もしておらず、本来はチラシの裏にでも書いて捨てるレベルの駄文ですが、ここに書いて捨てさせていただいております。この先は期待値をぐっと下げて、寛容な気持ちでお読みください。ではどうぞ。

作品名:あんぱん(NHK朝ドラ 2025)
評価:★1(★☆☆☆☆)
リンク:https://www.nhk.jp/p/anpan/ts/M9R26K3JZ3/

このドラマは酷い。単純に人間の心理や感情に対する考察が浅くてつまらないし、きっとドラマの後半でアンパンマンの「平和主義」「逆転しない正義」に繋げるためなのだろうが、安直に戦前の日本を「日本軍国主義」とレッテル貼りをして貶めている。

このドラマの脚本を書いたのは中園ミホ。つまらない脚本を書いたことは許すが、ろくに調べもせずにどこかで見聞きしたようなステレオタイプな「日本軍国主義」のイメージをそのまま脚本に採用し、安直に戦前の日本を貶めたことは許さない。フィクションであればどう書いても表現の自由だが、史実を題材にするのだからきちんと調べて事実に基づいて書かなければならないだろう。私は中園ミホを許さない。

そしてNHKも許さない。国民から受信料という”税金”を集め、「日本のために民放にはできない公平・公正な番組作りをする」という使命を忘れ、逆に日本を貶める内容の朝ドラを放送している。

日本人がどうして戦後80年経っても自虐史観から目が覚めないのか。これは教育だけの問題ではない。こういういい加減な脚本家が、ステレオタイプな「日本軍国主義」のイメージを再生産し続け、そういう低質なドラマが定期的に世の中に供給されることによって、日本人に定期的に自虐史観の魔法が重ねがけされ続けている。

日本人は一体いつになったら自虐史観から目を覚ますことができるのか。このままだと日本は確実に滅びる。残念だ。

一応、ドラマの内容にツッコミをいくつか入れておく。

・(第44話)で、ヤムさんは陸軍からの乾パンの注文を拒否する。その理由は、ヤムさんが過去に従軍して辛い思いをしていたためだった。。というストーリーなのだが、なぜそうなる?戦争のトラウマで銃を持てなくなってしまったとかなら分かるが、パンを作ることはできるだろう。当時は欧米の植民地主義が日本を除いた世界のほぼ全域を征服し、もちろん日本も狙われていた。そのため日本国民が一丸となって国を守ろうと頑張っていた時代だ。そんな状況の中で、軍への協力を意味もなく拒むのは利敵行為であり、日本国民全体を危機に晒す犯罪的行為だ。しかし、このドラマではそれがあたかも「平和主義」で「いいこと」であるかのように描いている。脚本家・中園ミホの浅はかな思考、平和ボケしたお花畑脳のなせる業だ。

・(第51話)は、小倉連隊に転属となった嵩が15分間ずっと「古参兵に理不尽に殴られる」というストーリー。地方語を使うな、軍隊語を使えと言われて殴られ、詩集を持っていただけで殴られ、料理のイモの数に文句を言われて殴られ、帽子を盗んだと濡れ衣を着せられて殴られるなど、何度も殴られるシーンが描かれた。この描写も、ただ軍隊が悪いように見せたいという脚本家・中園ミホの浅はかな考えが透けて見えてムカムカする。殴り方にしても、おおきく振りかぶってフルスイングでぶん殴る演技をしていたが、いくらなんでもあんな殴り方をしたら身体が持たないだろうってことが分からないんだろうか?確かに、軍隊の中で上官からの理不尽な暴力はあっただろう。しかし、私も含め従軍経験のない者にとっては考えが及びづらいところではあるが、その一見理不尽な暴力によって、上下関係を身体に覚え込ませ、生きるか死ぬかの極限状態でも規律を保つことができるということもある。「平和主義」を掲げて浅はかに批判してよいものではないだろう。

・(第58話)は、嵩が所属する小倉連隊が福建省に派遣され、しかしそこで敵に補給路を断たれ食糧が底をついてしまった。飢えに耐えられなくなった仲間の日本兵が老婆に銃を突きつけて食糧を出せと脅す。老婆は「全部日本兵が持っていってしまった」と言いつつも、産みたての卵を差し出してくれ、嵩と仲間の日本兵たちは卵を貪り食うというストーリー。このときの演技が、卵を殻ごと貪り食うというもので、手の間から貴重な卵が飛び散って溢れているし、有り得ないだろと苦笑していたのだが、Yahoo!ニュースを見てみたら、製作者がこのシーンの製作秘話を誇らしげに語っていたので驚いた。「日本兵が地元民の民家に押し入ったとき、追い返されるのではなく食料を差し出してくれる。そのとき、日本兵はどう思うのか、それを私(脚本家の中園)は書きたいですと。それだけ中園さんが思い入れたシーンで、役者陣もそれに応えて現場ですばらしい演技をしていました。」「本当に飢餓状態になったとき、人はどんな食べ方をするかと議論になって、役者陣からの提案で殻付きのゆで卵を剥かずに殻ごと食べる芝居になったんです。それがすごくリアルで、凄まじくて。」私が監督だったら、ずっと食べ物を口にしていないから口の中がカラカラで、1個の卵を思うように飲み込めず、少しずつ齧りながら一生懸命食べるように演技指導するが。あんな元気いっぱいの早食いで食べ物を口の中に押し込めないだろうと、ちょっと考えたらわかりそうなものだが。

それから、優しい中国人と、横暴な日本兵という偏見も問題だ。中国の農民から略奪していたのは国民党や共産党の軍であり、日本軍は世界でも最高レベルで規律正しかったというのが正しい見方だろう。日本のために命をかけて頑張ってくれた日本兵を事実に反する描写によって侮辱することは許されないことだ。

実際、やなせたかしの伝記「やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく」によれば、「(福建省では)どこへ行っても険悪な雰囲気はなく、紙芝居が終わると村の人たちがごちそうしてくれることもあった。トラブルも一度も起こらなかった。」と中国の農民と日本兵の関係が良かったことが書かれているし、飢餓の話も「上海決戦はなかなか始まらなかったが、いったん始まれば長期戦になる見込みだという。そこで、食糧をぎりぎりまで切り詰めることになった。毎日の食事は、朝と晩の二回だけ。それも、お湯の中に少しだけ飯粒が入っている薄いおかゆである。空腹でからだに力が入らず、みんな少しずつやせていった。ひもじさのあまり、嵩たちはそのへんに生えている草をゆでて食べた。しばしば腹をくだしたが、何も食べないよりはましだった。タンポポもよく食べた。タンポポはからだに害がないが、ひどく苦くてなかなかのどを通らず、むりやり飲みこんだ。最後は、上官が茶を飲んだあとの茶がらも食べた。空腹があまりにもつらく、腹にたまるものなら、もう何でもよかったのである。」と、農民から略奪した話など出てこないし、食糧は無くなったのではなくて長期戦に備えて計画的に切り詰めていたのだというのが実際だ。

・(第61話)は、終戦の日が来て、これまで小学校の先生として子供たちに「軍国主義教育」をしていた暢(のぶ)は「子供らあに間違うたことを教えてきました。日本は必ず勝ちますと。男の子には立派な兵隊さんになって、お国のために頑張りなさいと」と反省するというストーリー。これもおかしい。気持ちが折れないために、どんな戦況になろうとも勝つつもりでいる必要があるし、男は同胞を守るために兵隊になるのも当たり前、命懸けで戦う男を「兵隊さん」と言ってみんなで敬うのも当たり前。これが間違っているとしたら何が正解だというのか?相手が日本に侵略してきたらすぐに両手を上げて降参することが「平和主義」で正しいことだとでも?そういう国は欧米の植民地になり、奴隷の身分に堕とされる、そういう時代だったんだよ!

そして今だってそれは変わらない。今、日本侵略を一番狙っている国は中国だ。武力によって尖閣諸島をあからさまに狙っているし、移民として中国人を大量に日本に送り込んで、日本内部から着々と侵略を進めている。実質的にもう中国による日本侵略戦争は始まっているのだ。それなのに、日本人はこの安っぽいドラマを見せられて「戦争は良くないから軍隊は持たないようにしよう」という誤った思想を植え付けられ(軍隊をなくすと必ず他国が攻めてくるので”平和主義”は逆に戦争を呼び込むというのが常識だ)、「先の戦争で日本は中国に悪いことをした」という誤った贖罪意識を植え付けられている。

はっきり言ってこのドラマは、中国による日本侵略戦争の武器のひとつだと言っても過言ではない。それに気づかずにこのドラマを見ている、頭がお花畑の人は、せめて数年後に尖閣諸島が中国に占領されたとき、十数年後に沖縄が中国に占領されたとき、本土にも中国人やその他外国人が溢れかえるようになったとき「自分たちが間違っていました。自分たちのせいで日本は滅びました」と反省してください。