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空気を読まないサラリーマンをやってます。1980生まれ男です。既婚。2011年生まれ息子、2013年生まれ娘あり。

★4(★★★★☆) ニュー・シネマ・パラダイス(映画 1988) レビュー

※)これは”チラ裏”レビューです。あまり十分な推敲もしておらず、本来はチラシの裏にでも書いて捨てるレベルの駄文ですが、ここに書いて捨てさせていただいております。この先は期待値をぐっと下げて、寛容な気持ちでお読みください。ではどうぞ。

作品名:ニュー・シネマ・パラダイス(映画 1988)
評価:★4(★★★★☆)
リンク:https://www.amazon.co.jp/dp/B0FLJWRPD4

2025年12月、午前十時の映画祭企画で劇場で鑑賞した。

とても面白かった。心を強く揺さぶられるという訳ではないが、全編を通じて織りなされる人間模様が素晴らしく、またあの素晴らしい音楽の力によって強烈に感傷的な気分と郷愁を刺激される。

舞台はシチリア島で、時代はトトが少年時代の1946年頃、二十歳前後の1958年頃、それから30年後の1988年頃(映画が公開された年)となっている。

この映画で私が一番心を掴まれたのはシチリアの村の人間模様だった。村の映画館に集ってくるのはみんな行儀が悪くて癖が強くて欠点だらけ、人間的に整っているとは言い難い人たちばかりだが、みんながお互いの「はみ出した個性」を許し合って共生している。

戦争未亡人となり、伴侶のいない寂しさと大きな不安の中で子育てをしているトトの母も、時折そのいらだちをトトに向けて手をあげたりするし、アルフレードはちゃんとした教育を受ける機会が無かったのか、トトと一緒に「小学校卒業試験」を受ける。試験会場に入ってくる大人たちも恥ずかしそうだ。

現代ではあまり見られないこういう不完全な大人、不完全な社会の光景がとにかく私を感傷的な気分にさせた。

【あらすじ(Wikipediaより)】

ローマ在住の映画監督・サルヴァトーレのもとにある晩、故郷の母から電話がきて、アルフレードが死んだことを告げる。サルヴァトーレはベッドの中で、昔の日々を思いだす。

第二次世界大戦終結から間もない頃、「トト」と呼ばれていた幼いサルヴァトーレ少年は、シチリア島の僻地の村で、母と妹と暮らしている。父は戦争に取られたきり消息不明。当時の彼の村では、中心にある広場に面した教会を間借りした小さな映画館だけが、唯一の娯楽施設だった。

外界から隔絶された村人たちにとって、その映画館は村の外に通じる、たった一つの窓だった。週末になり、劇場の灯が消えて古い映写機が回り出すと、アメリカ映画の中で描かれる想像を超えた豊かさや、保守的な村ではありえないロマンティックな男女関係など、目を丸くして見ている村人たちの前に、外の世界がやってくるのだった。

新作の輸入映画が封切られる夜、村人たちは映画館に集まってスクリーンに声援を送った。また本来あるべきラブシーンを教会の謹厳な司祭がカットさせた箇所では、揃ってブーイングを鳴らすのだった。

映画に魅了されたトトは何度も映写室に入り込んでいた。映写技師のアルフレードはその度にトトを叱り付けながらも親近感を寄せ、トトは映写機の操作を見様見真似で覚え始める。ある晩、映写中にフィルムの発火事故が発生し映画館は全焼。トトの必死の救助でアルフレードは一命を取り留めたが、火傷で視力を失った。やがて父親の戦死認定が下され、トトは新しく建て直された映画館「新パラダイス座(Nuovo Cinema Paradiso)」で子供ながら映写技師として働き、家計を支えるようになった。

年月が過ぎ、青年となったトトはムービーカメラを手に入れ、自分でも映画を撮影するようになる。駅で見かけた美少女エレナとの初恋を経てトトは徴兵されるが、除隊後村に帰ると映写室には別の男が座り、エレナは音信不通となっていた。落ち込むトトにアルフレードは「若いのだから外に出て道を探せ、村にいてはいけない、そして帰ってきてはいけない」と言いきかせる。「人生はお前が観た映画とは違う、もっと困難なものだ!」。トトはその言葉通り、列車でローマに向け旅立った。

それから30年。ローマで映画監督として成功し、中年となったトト=サルヴァトーレは、アルフレードの葬儀に出席するため、年老いた母の待つ故郷の村に帰ってきた。そこで彼は「新パラダイス座」がすでに閉館し、建物の解体も近いことを知る。サルヴァトーレはアルフレードが彼に遺した形見を渡される。中身はフィルムの断片だった。

ローマに戻ったサルヴァトーレはそのフィルムを映写させる。それは遠い少年時代、彼が見たかった名作映画の中の、カットされたラブシーンの集成だった。サルヴァトーレは瞬くスクリーンを見上げながら、当時の追憶にふけるのだった。

(あらすじおわり)

終盤を見ながら私は、トトが村を出て都会で30年の人生を過ごしたのは結局正解だったのかどうかを考えていた。トトは村をでて社会的な成功を収め、いろいろな女性との恋を経験したようだが、家庭を持つことはなかった。トトの母いわく「電話をするごとにそれぞれ別の彼女が出たが、あなたを本気で愛している人は一人もいなかった。お前が誰かを愛して落ち着いてくれれば嬉しいわ」

もしトトが村に残っていたなら、きっと誰かと平凡ながらも幸せな家庭を築いていたことだろう。

都会で自分の思うままに自由に生きたことの代償。そんなことを思いながら見るフィルムが、神父が検閲でカットしたキスシーンのコンピレーション。よりにもよって、男女の愛の象徴そのものっていう…。しかもそこに、亡くなったアルフレードの思い出が乗っかって、そりゃ泣くわ。

この映画はオリジナルの155分版、イタリア国外で劇場公開された124分版、ディレクターズカット(完全版)の170分版があるが、今回私が観たのは124分版。Wikipediaのあらすじを読むと本来存在した「30年後」のエレナとのエピソードなどがカットされていたようだが、エレナが音信不通となった理由は謎のままでも別に構わないし、尺を短くしたことで最初から最後まで凝縮された感じになって良かったと思う。