週休3日サラリーマンのブログ

空気を読まないサラリーマンをやってます。1980生まれ男です。既婚。2011年生まれ息子、2013年生まれ娘あり。

★3(★★★☆☆) 多重人格探偵サイコ (漫画 1997〜2016)(全24巻) レビュー

※)これは”チラ裏”レビューです。あまり十分な推敲もしておらず、本来はチラシの裏にでも書いて捨てるレベルの駄文ですが、ここに書いて捨てさせていただいております。この先は期待値をぐっと下げて、寛容な気持ちでお読みください。ではどうぞ。

作品名:多重人格探偵サイコ/作画:田島 昭宇、原作:大塚 英志 (漫画 1997〜2016)(全24巻)
評価:★3(★★★☆☆)
リンク:https://www.amazon.co.jp/dp/B074C4C17C

【概要 (Amazon公式ページより)】第1巻の内容紹介: バラバラ殺人、カニバリズム殺人、フラワー殺人…次々と起きる猟奇殺人事件に多重人格探偵 雨宮一彦が挑む! 田島昭宇大塚英志のコンビが現代の病理を描く問題作!!

【概要 (Wikipediaより)】連載開始は『月刊少年エース』(角川書店)1997年2月号であるが、長期の中断を経て2007年8月より同社の青年誌『コミックチャージ』に移籍。2009年1月の同誌休刊後は同年7月に発刊した後継誌『ヤングエース』にて2016年3月号まで連載された。単行本の累計売上は900万部。

90年代後半にヒットしたサイコ・サスペンス漫画がKindleセールで1巻あたり33円になっていたので購入して読んでみた。つまらなかった。

この時代、こういう猟奇的な内容の作品が流行ったし、この作品はそのブームを作った側の、そういう意味では漫画史に名を残す作品なのだと思うが、中身がなくてつまらない。次から次へとショッキングな殺人描写が出てくるだけで、ガキが「おれはこんなに大人なんだぞ〜!」ってアピールしているみたい。厨二病

第1巻の「あとがき」に原作者・大塚英志の「死体描写のこだわり」に関する声明が載っており、これがなかなかに香ばしくて面白い。以下抜粋。

>少年まんが誌であるからこそ私は「死体」をビジュアル上の表現の根幹に置く原作を書くことにした。ただの記号ではない身体をまんが表現はいかに回復すべきか

>例えばSFまんがで、地球上の何割か死んだはずの出来事が描かれながら、たった一つの死体も描かれないというのがまんが表現に於ける「死」の描かれ方とすれば、「死」はやはり記号でしかない。死体を描くことは直接の目的ではない。ただ、死体が死体として存在する世界をまず構築しなければ、私は私が意図することを表現できない、と考える。

私はこの作品の薄っぺらさに耐えられず、2巻の途中で読むのを止めてしまったが、それでも十分にわかった。この作品は原作者が第1巻でぶち上げた「死を描く」ことができていない。

なぜか。「死」を描くには「生」を描く必要があるが、この作品では「生」は描かれないからだ。この作品では犯人は最初から「サイコ」つまり異常者であり、そのようになるに至った経緯(=犯人の「生」)は描かれない。死体はとにかくたくさん出てくるが、それをいくら描いたところでそれは「死」を描いたことにはならない。

この作品で描かれるのは中身のない架空の異常者による猟奇殺人だけ。

非常に悪趣味な漫画で、複数の県で「青少年保護育成条例に基づく有害図書に指定された」ことに納得しかないのだが、百歩譲って、分別を持った大人が猟奇殺人に興味を持ったのであれば、こんなイキがったガキむけのファッション漫画ではなく、実際の猟奇犯罪のルポなりドキュメンタリーなりを見るべきだろう。そこには実在の犯人がいて、実在の人生がある。もちろん被害者も実在だ。こんな空っぽのフィクションの一万倍の重みがある。

私はあまりそういうジャンルを見たり読んだりしないが、「消された一家―北九州・連続監禁殺人事件(新潮文庫)」を読んだときの衝撃は半端ではなかった。腹にズシンと来て数日間は消えないレベルだったし、読んでから数年経った今でも私の心の底に残り続けて人生観にすら影響している。

この「サイコ」という作品にはあまりにも常軌を逸した猟奇殺人が描かれるが、それもある程度実在の猟奇殺人事件を下敷きにしているはずで、そういう意味ではこの作品は実際の猟奇殺人をファッションとして消費することで、それらの事件の被害者を愚弄している。やはり悪趣味というしかない。