週休3日サラリーマンのブログ

空気を読まないサラリーマンをやってます。1980生まれ男です。既婚。2011年生まれ息子、2013年生まれ娘あり。

★4(★★★★☆) 歴史の十字路に立って 戦後七十年の回顧/石原 慎太郎 (本 2015) レビュー

※)これは”チラ裏”レビューです。あまり十分な推敲もしておらず、本来はチラシの裏にでも書いて捨てるレベルの駄文ですが、ここに書いて捨てさせていただいております。この先は期待値をぐっと下げて、寛容な気持ちでお読みください。ではどうぞ。

作品名:歴史の十字路に立って 戦後七十年の回顧/石原 慎太郎 (本 2015)
評価:★4(★★★★☆)
リンク:https://www.amazon.co.jp/dp/B00ZUEKHGS

2022年に亡くなった石原慎太郎が2015年に著した本。貴重な話がたくさん書いてある。

心に残った箇所を書いてく。

「かくまでも 醜き国に なりたれば 捧げし人の ただに惜しまる」(90歳になる戦争未亡人がつくった歌)

ある日帰宅の途中、ついさっき聞いた警戒警報が空襲警報に変わって鳴りやまぬ内に、渡りかけていた麦畑の真ん中で突然背後から爆音が響き思いがけなくも、日頃写真で見てはいたが初めて目にする敵機が超低空で迫ってきた。それまで遠く高くに仰いでいたB-29とは違って、猟犬のように剽悍な艦載機のP-51だった。
急いで近くの鳥森という大きな松林に逃げようとしたが、その途中で突然艦載機に機銃掃射され、咄嗟に横の麦畑に駆け込んで身を伏せた。麦畑は前が深く私たちの姿は見えなかっただろうが、敵機が旋回して頭上を過ぎていく時、恐る恐る頭を上げて見たら、胴体に極彩色で何やら漫画が描かれているのを見た。あの彩色のどぎついあざとさこそが生まれて初めて目にした敵国の文化だった。それからも走ってあと百メートルほどで前方の松林に飛び込めるという時、今度は畝の浅い芋畑の途中で次の爆音がせまってくるのを聞いた。芋畑は畝が浅いがともかくも必死に飛び込んで身を伏せ今度こそやられたかと観念した、私たちの上の低空を機影が飛び去っていった。なぜか銃撃はなかった。
思わず身を起こして仰いだ空に見たのは、味方の日本の戦闘機だった。褐色の翼と胴体に記された白く縁どりされた日の丸が見えた。あの瞬間のふるいつきたくなるような感動を私は一生忘れない。それはなんと言おう、身の痴れるような、涙してすがりつきたいような激しい懐かしさだった。あのたまらなさは、オリンピック競技場のポールに日章旗が翻るどころのものでありはしない。ことさらの愛国心などというものではなく、あれこそ国家と民族に対する無条件の一体感のようなものだったと思う。後年、政治の世界に身を投じたことで抜き差しならぬ形で国家なるものに自分が属しているということを何度も味わいはしたが、その最初はあの時の痺れるような原体験だったと思う。

(慎太郎少年が、雨天のため東京裁判の傍聴に下駄で来たとき)傍聴席に上がる階段をカタカタと音を立てながら上がっていったら、踊り場に立っていたアメリカのMP(憲兵)が、乱暴に肩を掴んで私を止めた。何か怒鳴りつけられた。言っているその言葉が、「キッド(小僧)!」以外わからず茫然としていると、後から上がって来た同行のお兄さんが「うるさいから下駄を脱げと言っているぞ」と教えてくれ、言われるまま下駄を脱いだらMPがいきなりその下獣を足で横に蹴って払った。私は慌てて這いつくばり下駄を拾って、歯を合わせ胸に抱いて濡れた階段を裸足で二階まで上って…

「日本人の過去百年の歴史が世界に与えた影響」
周知のことだが、先の大戦で日本と同じく敗北したドイツは、降伏に当たって三つの条件をつけ、連合国もそれを認めて降伏が成立した。
ドイツがつけた条件とは、一つは、降伏の翌日からもドイツ国軍は存続する。第二は、降伏後もドイツ人子弟の教育に関しては一切他国の干渉を受けない。第三は、当然考えられるべき新しい憲法の起草は他国の干渉を許さずドイツ人自身が行う。そのための条件として、ナチズムへの批判、反省とその淘汰は徹底して行うということだったが、日本がそんな主張をしたという史実はまったくありはしない。たとえ行っても連合国はけっして許しはしなかったろう。
そしてそれは日本が起こした戦争こそが実はヨーロッパの白人による近代主義、世界支配という歴史の流れを終焉せしめるということを、彼らは歴史の予感としてすでに知っていたせいだろう。

(明治百年記念行事にて)佐藤総理の音頭で日本国万歳が三唱されて式は終わった。やがて司会のNHKアナウンサーが、「天皇、皇后両陛下がご退席になります」と報せ、参加した全員がまた立ち上がって両陛下をお見送りした。
そして、あのことが起こった。それが起こった瞬間に、私だけではあるまい、出席していたほとんどがこの式典に実は何が一つだけ足りなかったかを知らされたと思う。
壇上から下手に降りられた両陛下が私たちの前の舞台下の床を横切って前へ進まれ、ちようど舞台の真ん中にかかられた時、二階の正面から高く澄んだ声が、「テンノー、ヘイカッ」叫んでかかった。
その瞬間陛下はぴたと足を止め、心もちかがめられていた背をすっくと伸ばされ、はっきりと声に向かって立ち直されたのだった。そしてその陛下に向かって声は見事な間をとって、「バンザアーイッ!」と叫んだ。
次の瞬間、会場にいた者たちすべてが、実に自然に、晴れ晴れとその声に合わせて万歳を三唱していたものだった。私の周りにいた社会党の議員たちもまったく同じだった。そして誰よりも最前列にいた佐藤総理がなんとも嬉しそうな、満足しきった顔で高々と両手を掲げ万歳を絶叫していた。
あれは、つくづく見事な「天皇陛下万歳」だったと思う。あの席にいながらなお、あれに唱和出来なかった日本人がいたかも知れぬなどとはとても思えない。あれは単なる昭和天皇への言寿ではなしに、私たちを突然見舞った熱い回顧であり確認だった。それを唱えながら私たちは忘れかけていたものを突然思い出し、静かに、密かに熱狂していたものだった。
あの瞬間ただひたすら、
”ああ、かつて私たちはこうだった。なんだろうと、こういう連帯があったのだった”
と誰しもがしみじみ感じ直していたに違いない。
あれはなんと言おう、国家や民族というものの実在への、瞬間的ではあったが狂おしいほどしい再確認だったと思う。
あの瞬間の後、ある者は反省して、あの「万歳」のもとで多くの者たちが死に、歴史は歪んだ軌跡を辿っていったなどと思い直したかも知れない。
しかし何であろうと、私たちはあの瞬間、この戦後二十余年の推移の中でますます希薄になり、それを思うことが禁良にまでなりかねないある種の分裂ある種の混乱の中で、失いかけていたものの実感を、瞬時とはいえ取り戻していたのだと思う。
そして、あの瞬間を平成の今思い直してみると、あの時感知し確認させられたものがさらにますます消滅していこうとしている予感に苛まれるのは果たして私一人だろうか。

私は議会における「純粋なる討論」の不在に絶望に近い思いを抱いていた。「ジャン・コクトオはかって、「政治なんぞ血なまぐさい茶番でしかない」といったが、日本の現実の政治は、本質的には血すらも流さぬ空虚な茶番でしかない。国会で行われる質疑応答、審議のほとんどは、ある大臣がいったように、愚問愚答のくり返しでしかない。その中には本質的な抵抗もなければ、押し切る側の強行もない。

【目次】

◆序章 あの敗戦で日本人は何を得たのか

・慙愧の念に堪えず
・過剰な個人主義、水平的な価値観
・こんな日本のために父祖は命を捧げたのか
・ある戦争未亡人のつくった歌
・喪われしアイデンティティ

◆第一章 亡国の淵に立って

・小樽での贅沢な時を過ごせた幸運
・父の表情に感じられた厳しい戦局
・「大きくなれよ、元気でな、大きくなれよ」
・生死に関わる感情がい果たされていた時代
・「日の丸」が見えた瞬間の感動
・どんな観念をもってしても消せない原体験
・人生の価値について教えてくれた父
・感慨の薄いものでしかなかった玉音放送
・海軍士官たちの宿舎が米軍兵相手の売春宿に
・押しつけられたチョコレートの味
・大人たちに対して抱いた軽侮の念
・無残な敗戦が口惜しいという思い
・東京裁判なるものに感じた雰囲気
・「歴史の証言」を今日の日本人も外国人も知らない

◆第二章 文学の社会的位置、作家の使命

・消費の道楽よりもはるかに甘美な思い出
・青春という季節にこそあり得た至福な一閃
・『太陽の季節』のお蔭で運命が開けた
・昭和三十年代と「一緒に寝た」という実感
・「安保ハンタイ」の空騒ぎ
・賢明で怜悧だった日本国民
・政治への参画という意識の萌芽
・己の属する国家、時代、社会という桎梏

◆第三章「祖国」というもののイメイジ

・ベトナム戦争の取材で見えた欺瞞
・この戦にアメリカは負けるという確信
・後ろ髪を引かれる思いで帰国
・当時も今も日本の反戦運動に欠けている姿勢
・戦後日本に国家意志はありや
・三島由紀夫氏からの懇篤な手紙
・日本に生まれた青年として何が出来るか

◆第四章「立国は私なり」を信じての参院選出馬

・五島昇氏との付き合いのなかで
・「私」を超えた「公」があった財界人たち
・鎌倉の別邸における佐藤栄作総理との会話
・政治という特殊な世界の公理
・見事だった選挙参謀としての飯島清氏
・胸に「日の丸」をつけた真っ白なブレザー
・原子力開発の演説に聴衆が強く反応
・紆余曲折を経ての白熱した時間

◆第五章 忘れ得ぬ人たち、忘れ得ぬ光景

・水野成夫氏が繋いでくれた不思議な縁
・男として羨ましくさえある広瀬武夫の挿話
・日本人の過去百年の歴史が世界に与えた影響
・痛快だった撃墜王・坂井三郎氏のスピーチ
・「テンノー、ヘイカッ、バンザアーイッ!」
・末次一郎氏が何も答えなかったことの意味
・真に知的な人物だった賀屋興宣氏
・「無音響室」のような世界で
・日本への核の持ち込みを「是」としていた岸信介総理
・元外務次官・村田良平氏が語った史実
・鳩山由紀夫氏、小沢一郎氏の滑稽な「非核」論
・アメリカの「核の傘」への盲信
・三島由紀夫氏の死の十四年前に抱いた予感
・反体制勢力へのあまりの買い被り
・それでも三島氏の死に方を咎める

◆第六章「NO」と言えない日本の政治家と官僚

・田中角栄氏に感じたグロテスクなもの
・「青嵐会」という名称に込めた思い
・相手の言いなりで進められた日中航空協定
・青嵐会を評価していた周恩来
・尖閣の「実効支配」を示さぬ限りシナの武力示威は続く
・田中政治への批判を『文藝春秋』に発表
・外国の仕掛けのままに動いた日本の司法
・苦渋の都知事選で得た人生の糧
・環境庁長官として水俣病の問題に取り組む
・文明の進歩なるものの真実
・世界全体の環境を考える一つの切っ掛けとなった出来事
・世界に大恥をかいた「ダッカ人質事件」
・人の死に対する鈍感さ、典型的な事なかれ主義
・役人の怠慢は政治家の怠慢に発する
・『「NO」と言える日本』の驚くべき反響

◆第七章 国家の不在と国民の堕落

・偽りはなかった二十五年の議員生活
・対極の河を渡ることに再び戻る決断
・横田基地返還に協働せぬ外務省の愚行
・9・11テロに対する文明や歴史の視点の如
・キリスト教圏の白人による有色人種支配の終わり
・新しい宗教戦争、文明戦争が始まる
・拉致問題解決への熱の低さ
・外務省こそテロと戦ってこなかった
・「垂直の情念」なき靖国議論の不毛
・「生きている死者」による加護
・時空を超えた巨きな鎖の輪に繋がる実感
・天皇や総理の靖国参拝は「死者との黙契」

◆終章 人生という航海の終わりに

・四期目の知事選出馬の内情
・「天罰」発言の真意
・国政での最後の闘いから去る
・特攻隊員から「お母さん」と呼ばれた鳥濱トメさん
・苦境の中でひたむきに生きた塚本幸一氏
・若い世代はこの国についてほとんど何も「知らない」
・「時代の盤岩機」のモリ先として