週休3日サラリーマンのブログ

空気を読まないサラリーマンをやってます。1980生まれ男です。既婚。2011年生まれ息子、2013年生まれ娘あり。

★5(★★★★★) 親が知らない 小学校歴史教科書の穴/松木國俊・松浦明博・茂木 弘道 (本 2025) レビュー

※)これは”チラ裏”レビューです。あまり十分な推敲もしておらず、本来はチラシの裏にでも書いて捨てるレベルの駄文ですが、ここに書いて捨てさせていただいております。この先は期待値をぐっと下げて、寛容な気持ちでお読みください。ではどうぞ。

作品名:親が知らない 小学校歴史教科書の穴/松木國俊・松浦明博・茂木 弘道 (本 2025)
評価:★5(★★★★★)
リンク:https://www.amazon.co.jp/dp/480240235X

Amazonで本を探していたらサジェストされたので買って読んでみた。
とても良い内容だった。
この本は小学校の歴史教科書を対象にして「自虐史観」を批判しているが、中学・高校の歴史教科書も方向性は全く同じ。戦争映画やテレビで放映される「NHKスペシャル」などの戦争特集もまた自虐史観をベースにして日本の歴史を語っている。
こんな風に、歴史にまつわるほとんど全てが自虐史観に汚染されている状況だから、大人も含めて99%の日本人が本来の日本の歴史を知らないという末期的な状態だ。
ここから日本がどの程度巻き返せるのか、私は全く楽観的な見通しが持てないが、少しでもこういう本が世間に広がって日本人の認識が改められることを願う。
タイトルに「親が知らない」とある通り本当に99%の大人が知らない事が書いてあるので、現在小中高の子供を持つ親が、子供と一緒に勉強するつもりでこの本を読むと良いと思う。

【目次】

◆第1部 日本を貶める教科書の「大嘘」

第1章 日中戦争
盧溝橋事件についての各社の記述

第2章 南京事件
南京事件についての各社の記述

第3章 朝鮮統治
日韓併合についての各社の記述
朝鮮統治下の国語・国史教育についての各社の記述
朝鮮における土地調査事業についての各社の記述
朝鮮独立運動についての各社の記述
創氏改名についての各社の記述
戦中強制労働についての各社の記述
戦時徴兵についての各社の記述

第4章 第二次世界大戦
開戦の原因についての各社の記述
米軍による空襲についての各社の記述

第5章 原爆投下
原爆投下についての各社の記述

◆第2部 古代・中世史における「歴史歪曲」

第1章 神話
日本神話についての各社の記述

第2章 縄文文化
縄文時代についての各社の記述
縄文文化についての各社の記述

第3章 天皇
古代の支配者についての各社の記述
渡来人についての各社の記述
仁徳天皇陵(大仙古墳)についての各社の記述

第4章 元寇
元寇についての各社の記述

第5章 アイヌ問題
アイヌ問題の現状についての各社の記述
アイヌとの交流についての各社の記述
シャクシャインの乱についての各社の記述
明治新政府とアイヌについての各社の記述

★4(★★★★☆) 偏向報道 (映画 2026) レビュー

※)これは”チラ裏”レビューです。あまり十分な推敲もしておらず、本来はチラシの裏にでも書いて捨てるレベルの駄文ですが、ここに書いて捨てさせていただいております。この先は期待値をぐっと下げて、寛容な気持ちでお読みください。ではどうぞ。

作品名:偏向報道 (映画 2026)
評価:★4(★★★★☆)
リンク:https://henkohodo.com

2026年8月、映画「偏向報道」を劇場で鑑賞してきた。
2024年の兵庫県知事選をめぐるテレビ(=オールドメディア)の偏向報道をきっかけにして製作された映画だ。荻野監督はこの映画の製作のためにクラウドファンディングを募り、この事件に関するテレビの偏向報道ぶりに憤慨していた私もそれに一口参加した。
クラウドファンディングは大成功して753万円を集め、この映画は作られた。映画が完成したら必ず劇場に観に行こうと思っていたので、無事観に行くことができて安心している。
映画の内容もちゃんと面白いエンタメに仕上がっていて面白かった。

だがこの映画は単なるエンタメではない。日本のテレビの偏向報道ぶりがいかに酷いか、この映画をきっかけとしてなるべく多くの日本を愛する日本人に気づいてほしい。そのためにも、この映画がなるべく長く上映継続し、多くの人に観てほしいと願う。

この映画が作られた契機について書いておく。

この映画の監督の荻野氏は、斎藤知事への一方的なバッシング報道を続けるTBSのニュース番組「報道特集」の捏造、印象操作の手口の解説を、YouTubeで配信していた。
するとTBSは、荻野氏が引用した「報道特集」の映像が著作権侵害にあたるとして、YouTubeに動画の削除を申請。しかも、YouTubeで「警告」が3つ累積するとチャンネルがBANされる仕組みを悪用して、わざわざ1日に3つの動画の削除を集中させ、1日でチャンネルをBANに追い込んだ(2025年4月)。自分たちの番組を批判的に扱うYouTubeチャンネルを「著作権侵害」を盾にしてBANに追い込むTBSのやり口はあまりにも卑怯だ。
私も荻野氏のYouTube動画を視聴したが、普通に考えてあれは引用の範囲に収まっており、著作権侵害には当たらないと思う。なお、2025年6月にYouTubeが「法的に必要な情報が不足している」との判断から動画削除を解除、チャンネル復活したことも、これを裏付けていると思う。
偏向報道の度合いも「政治的に公平であること」を定めた放送法に明らかに抵触しているのだから、総務省もちゃんと仕事をして欲しい。

それにしても、テレビの斎藤知事バッシングは本当に酷かったが、テレビの偏向報道が思っていたより100倍くらい酷いことに気づかせてくれたことに関しては、個人的に非常に意味があった。あれ以降、テレビの言っていることはまず100パーセント裏があると疑って見ることができるようになったし、実際そうしてテレビを見ると、テレビの言っていることの反対の方がむしろ真実に近い事が多い。本当にテレビは狂ってる。

★2(★★☆☆☆) 33分探偵 (テレビドラマ 2008) レビュー

※)これは”チラ裏”レビューです。あまり十分な推敲もしておらず、本来はチラシの裏にでも書いて捨てるレベルの駄文ですが、ここに書いて捨てさせていただいております。この先は期待値をぐっと下げて、寛容な気持ちでお読みください。ではどうぞ。

作品名:33分探偵 (テレビドラマ 2008)
評価:★2(★★☆☆☆)
リンク:https://fod.fujitv.co.jp/title/308w/

Twitterかなにかで、この作品をオススメする記事を読んで興味を持ち、FODで第一話が無料公開されていたので見てみた。めちゃくちゃつまらなかった。
なんだろう…。主演芸能人たちの「俺たちはイケてる芸能人様だから何をやっても視聴者は喜んで尻尾を振ってついてくる」という特権意識、「頑張ってません。テキトーにお遊びで作りました笑」という冷笑主義が伝わってきて、鳥肌が立ちそうなほど気持ち悪くて寒い。特に、堂本剛と高橋克実。
製作年は2008年で、その頃はまだテレビが力を持っていたので、この驕り高ぶりも致し方ないのかなとは思うが、テレビが力を失った2026年にみると一層寒くて滑稽だ。
そういえば、「原案・脚本」の福田雄一は最近「ケロロ軍曹」のアニメで何やら炎上していた。そっちの顛末は知らないし詳しく調べる気もしないが、フジテレビっぽい、平成っぽいノリがとっくに通用しなくなったことに気づかずにそのままのノリを続けてしまい、それで炎上したのかもしれない。知らんけど。

【作品概要(フジテレビ FOD公式より)】
この事件、33分もたせます。
フジテレビx「THE3名様」のスタッフが仕掛ける、全く新しくて、ゆるい探偵のシチュエーション推理劇。
「33分探偵』はタイトルが示すとおり、探偵が出てくる推理ドラマで「土曜ドラマ」の本編尺である"33分”の間に推理が展開する。が、「土曜ドラマ」枠らしく他の推理ドラマと一線を画すのは、堂本剛演じる鞍馬六郎こと主人公の“33分探偵”の推理が今までの推理ドラマになく”ゆるい”こと。
例えば、視聴者はもちろん周囲の登場人物にも犯人が明らかな中、33分探偵は「犯人はあなたですね!」と全く無関係そうな人物を指さし、「絶対に違う!」と周囲にツッコまれながらも独自の推理を展開してゆく。その推理には従来の推理ドラマ同様の鋭い視点がありつつも、結局は誰もが思う最初からの犯人が真犯人で間違いなかった・・・と探偵の見当違いの”ゆるい”推理によって、緊張感のある事件現場がゆるい”空間になってしまう脱力系コメディーの要素を多分に含んでいるのが「33分探偵」というドラマ。
その独特の世界を作り出すのは2006年に「ビデオ・オブ・ザ・イヤー最優秀賞」を受賞、シリーズ合計で30万枚以上とオリジナルDVDとしては驚異の売り上げを記録した「THE3名様」シリーズの監督、脚本を務めた福田雄一。福田は構成作家としても活躍中で主演の堂本剛が出演している「新・堂本兄弟』「堂本剛の正直しんどい』の構成作家を務めるなどマルチな才能を発揮している。
連続ドラマ史上かつてないほどの“ゆるい”キャラクターの主人公、“33分探偵”こと較馬六郎を演じるのは、堂本剛。フジテレビの連続ドラマ初登場になる。つっこみどころ満載の“ゆるい推理”で犯人を追い詰めていくという新しい推理ドラマがここに誕生する!
堂本剛/水川あさみ/野波麻帆/戸次重幸/小島よし/佐藤二朗/高橋克実
■原案・脚本:福田雄一■演出:福田雄一■音楽:石田勝範■主題歌:「Secret Code」 KinKi Kids(ジャニーズ・エンタテイメント)■制作著作:フジテレビ
■企画協力/制作協力:アットムービー
(C) フジテレビ

★5(★★★★★) 戦後七十年の真実/渡部昇一 (本 2015) レビュー

※)これは”チラ裏”レビューです。あまり十分な推敲もしておらず、本来はチラシの裏にでも書いて捨てるレベルの駄文ですが、ここに書いて捨てさせていただいております。この先は期待値をぐっと下げて、寛容な気持ちでお読みください。ではどうぞ。

作品名:戦後七十年の真実/渡部昇一 (本 2015)
評価:★5(★★★★★)
リンク:https://www.amazon.co.jp/dp/4594073077

日本の代表的な保守言論人、渡部昇一先生の著書。

先生は1930年生まれで幼い頃からとても聡明だったので、戦前の空気もとてもよく記憶されており、歴史の証言として非常に価値がある。しかも、ご自宅にあった雑誌を通じて、お生まれになる前の日本の空気も知っている。→「私が中学校に進んだ昭和17(1942)年頃になると、紙不足で新しい本が出なくなりました。そのため家にあった昔の『キング』などを丁寧に何度も繰り返し読むようになりました。そうしていると、なんとなく昭和初年の頃からの日本の様子をすべて知っているような感じになったのです。念のためにいっておきますと、『キング』は当時「発行部数百万部」といわれた国民雑誌です。それこそ皇室の話から外国人宣教師の話や女優の話まで、なんでも載っている雑誌でした。その雑誌を通じて、私は世の中に起きていることを知りました。」

先生が亡くなる2017年の2年前に書かれたこの本は、日本人・日本の歴史に関する先生の言論の集大成、遺言のような本だ。私も一読者として先生の遺言を受け止めて、微力ながら日本の長い歴史と未来のために人生を歩んでいきたいと思う。
以下、このレビューを書くにあたってもう一度本書を読み返しながら、特に重要と思った部分について抜粋してみた。

◆アメリカの日本占領政策は「日本人のインディアン化」を目指していた

>ご承知のように、アメリカの建国は有色人種である先住民のインディアン(ネイティブ・アメリカン)から国を奪ったところから始まります。したがって、彼らのDNAには、白人と有色人種が対等では困るという意識が刷り込まれていたはずです。戦争中の日本はアメリカ以外では機動部隊を持つ唯一の国でした。当時、航空母艦はソ連もドイツも持っていませんでした。大英帝国には航空母艦はありましたが、機動部隊は持っていません。ですから、機動部隊を使って戦争をする有色人種が現れたことは、アメリカ人にとっては許されざることでした。
そう考える彼らの深層心理の中には「有色人種が白人と対等になってもらっては困る」という伝統的な人種差別意識が間違いなくあったと思います。
だから、アメリカが日本を占領しに来たときに第一に考えたのは、一言でいうならば「日本人をインディアンのようにしよう」ということだったでしょう。
彼らの目には、日本人というのは日露戦争以来、自分たちが白人と同じレベルにあると考えているというように映っていたでしょう。だから、まずその意識を奪い、二度とアメリカに刃向かうことのないようにしなければならない。では、ある民族からその意識を奪うにはどうしたらいいか。それにはプライドを奪うことである。そしてプライドを奪う一番いい方法は、その国の歴史を奪うことである。どこの国の国民も、プライドのもとは歴史なのです。

◆昭和27年(1952年)にマッカーサー証言が報じられていたら戦後史は変わっていた

>(1951年、アメリカ上院でのマッカーサーの証言で)東京裁判を開いて日本を侵略国として断罪した張本人であるマッカーサーが、日本が戦争を始めたのは主として自衛のためであったと公に認めたのです。それはなぜなのか。マッカーサーは朝鮮戦争の指揮を執るうちに共産主義の脅威を感じ、日本が同じ脅威を常に感じていたことを身にしみて知りました。その結果、「日本は悪くはなかったのではないか」と思うようになったのです。
さらにいうならば、彼の証言の趣旨は、東京裁判のときに東條英機が最終弁論で述べた内容と同じです。日米開戦時の首相であった東條英機は「日本は常に受け身であった。やられたからやらざるを得なくなったのだ」と述べているのです。
私は「日本に戦争責任があった」という見方を「東京裁判史観」と呼んでいますが、「日本に戦争責任はなかった」という歴史観を「東條・マッカーサー史観」と名づけています。そして、あれから七十年たって振り返ってみれば、「東條・マッカーサー史観」のほうが正しかったということが明らかになってきています。
東京裁判を開いて日本を侵略国として断罪した張本人であるマッカーサーが、日本が戦争を始めたのは主として自衛のためであったと認めたのです。
これはマッカーサー自身が朝鮮戦争で共産主義の脅威を感じたうえでの証言でした。これによって急速に対日講和条約が進みました。マッカーサーが証言をしたのは1951年5月3日ですが、その年の秋(9月8日)にはサンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約が署名され、翌年4月28日に発効することになったのです。これによって日本は予想外に早い独立を実現することができました。
ところが、この最も重要なマッカーサー証言が日本には伝えられませんでした。別に極秘にされていたわけではありません。事実、『ニューヨークタイムズ』にはマッカーサー証言の全文が載っています。
当時はまだ占領下ですから、その部分は出せなかったという言い訳はあるでしょう。しかし朝日新聞の縮刷版で調べると、先に引用した証言の前後のマッカーサーの発言はすべて掲載されています。この部分だけが抜けているのです。意図的に抜いたのか、検閲を受けて抜かれたのかはわかりません。
そのときは仕方がなかったとしても、その後間もなく日本は独立を回復したのですから、そのときに当時のジャーナリズムが最初に報道するべきだったのはマッカーサー証言だったのではないでしょうか。
もしも講和条約が発効した1952年に「自衛のための戦争だった」というマッカーサー証言を日本人が知ったらどんなに喜んだことでしょう。あの頃はまだ軍人がたくさん生きていましたし、自分の夫、父親、兄弟が戦死したという人がたくさん生きていました。そういう人たちがどれほど慰められたかと思います。

◆敗戦利得者、日本独立反対派、第三国人

>占領下で特別有利な地位を得た知識人たちのことを私は「敗戦利得者」と呼んでいますが、この人たちは全面講和に賛成するということで立ち上がりました。その象徴的なリーダーは当時の東大総長の南原繁であり、全面講和推進の知識人が集まる総本山が岩波書店でした。
これに反対して単独講和を支持したのは慶應義塾大学の小泉信三塾長でした。小泉さんが『文藝春秋』に書いた文章の内容を私は今でも覚えています。
それは「単独講和とは西側陣営との多数講和であり、全面講和はその多数にソ連と僅かな衛星国を加えたものにすぎない。そのような全面講和に執着して、日本が占領されたままでいいのか」と、毅然として全面講和派に問いかけたものでした。当時、名の知れた学者で小泉先生以外に全面講和に反対した人はほとんどおられませんでした。
私はそれを読んで感激して、その気持ちをはがきで伝えたのを覚えています。そうしたら小泉先生から返事が来ました。「お互いに言いたいことを言いましょう」と書かれていた記憶があります。それ以来、私は小泉先生を尊敬しています。
要するに、講和条約に反対だった党は「日本の占領状況が続くことがいい」と考えたのです。全面講和という美名のもとに反対すれば日本が独立する可能性はなかったのですから、全面講和論者は即、日本の被占領状態延長主義者だったというわけです。
これが重要なのは、独立反対だった大きな野党第一党があったということです。東西冷戦の時代ですからアメリカ主導の講和条約には反対だという共産党の理屈はわかるとして、当時の社会党が反対したのはなぜなのか。私はこれが戦後日本に今日まで続く病原になっていると見ています。
(中略)それを理解するには、日本が独立せずに占領下にあることによって誰が得をするのかを考えてみればいいのです。日本の警察権が及ばない人たちのグループがあるということなのです。
いくつかのグループがありますが、とくに目覚ましいと思うのは在日コリアンです。朝鮮半島から日本に渡ってきたコリアンは副球の出身者のような人を除けば皆、極貧といっていい状況にありました。朝鮮自体が非常に貧しかったのですが、そのうちでもとくに貧しかった人たちが日本に渡ってきたといって間違いないでしょう。
そんな彼らは占領下の日本でほとんど全員が金持ちになりました。戦後にできた闇マーケットで儲けたのです。日本人でも闇マーケットに加わっている人たちはいましたが、皆、普察の厳しい取り締まりを受けました。しかしコリアンは警察が取り締まれなかったのです。それゆえ思う存分に儲けたわけです。
占領下にあって、この人たちは「第三国人」といわれていました。これは彼らを蔑視する言葉ではありません。なぜそう呼ばれたかというと、彼らが日本と戦った当事者ではないからです。つまり、戦後の日本には「占領軍」と「日本人」と「その他の人」がいたのです。この「その他の人」が第三国人です。この人たちはもちろん、日本が占領下であることが望ましいと考えていたことでしょう。

◆世界史上初めて開かれた東南アジアサミットであった「大東亜会議」
◆満州に安定をもたらした満州国の建国
◆米英ソの思惑によって泥沼化した支那事変
◆「勝てる戦争に負けた」という見方もできる先の大戦

大東亜戦争の経緯についても非常にわかりやすくまとめられている(抜粋は略)

◆占領政策基本法としてつくられた日本国憲法

>(GHQが日本を占領するための)基本法の名を「憲法」とすることにしたのです。占領政策基本法ですから、別に憲法学者がいなくても問題はなかったのです。
よく「憲法は素人が一週間でつくった」と批判されますが、GHQにしてみれば「どこが問題なのか」といったところでしょう。
もっと重要なのは、憲法の形をとって間接統治にしようとした発想がきわめて授滑なやり方であったということです。憲法は主権がなければ制定できないのですから、占領をしながら憲法をつくるというのは端からできない相談なのです。そういう状況下でGHQは憲法と称するものをつくって占領政策として押しつけたわけです。
しかも、憲法としての体裁をとるために、GHQは天皇を利用しました。言い方をかえれば、天皇は嘘をつかされたのです。なんとなれば当時は皇室が残るか残らないかは重大な問題であって、天皇としては抵抗できない状況にあったと考えられます。一種の脅迫状況にあったといってもいいかもしれません。
そのような状況に置かれて、天皇は「日本国憲法公布記念式典の勅語」という勅語を公布されたのです。
(中略)しかし、天皇の勅語にある内容とは全く違って、憲法は「自由に表明された国民の総意によって確定された」ものではありません。
憲法については一切の議論が日本には許されませんでした。せいぜい英文で書かれた憲法を翻訳するときの訳文について意見がいえるぐらいのものでした。
ですから、あの憲法は「占領政策基本法」だと認識すべきなのです。実際に宮澤俊義をはじめとする東大の憲法学者たちも、初めは「日本国憲法の制定は日本国民が自発的自主的に行ったものではない」し、「大日本帝国憲法の部分的改正で十分ポツダム宣言に対応可能」であるといっていました。
ところが後に宮澤俊義は変節してこの説を撤回します。そして、ポツダム宣言の受諾によって日本の主権は天皇から国民に移行したのだから、その時点で大日本帝国憲法は効力を失い、ポツダム宣言受諾後の総選挙で新たな主権者となった日本国民によって選ばれた来議議員が国会の場で審議をして制定された日本国憲法は国民の制定した憲法になるという「八月革命説」を唱えるのです。
この変節の裏にはGHQからの圧力があったものと思われます。おそらく公職追放を臭わされて脅迫を受けたのでしょう。当時の学者にとって公職追放ほど恐ろしいものはなかったのです。
ともかく、日本の憲法学者の頂点にいた宮澤氏が意見を変えたため、数人の例外を除けば、日本の法律学者はほとんどすべて日本国憲法のもとで憲法学の先生になっていくのです。これに反対して自殺した本物の憲法学者もいました。憲法学者である以上、成立の状況から見て、あれが憲法ではないことは皆わかっているはずです。だから今、日本は憲法が嘘であることを知っている人によって守られているという状況になっているといってもいいのです。

◆日本の歴史を奪うための先兵となった左翼知識人

>敗戦利得者のグループの中の一番大きな勢力は左翼の知識人で、皇室廃止を指令したコミンテルンの三十二年テーゼに直接・間接に関係して戦前に投獄されるとか、あるいは取締りの対象になったような人たちです。この人たちは戦後、歴史を奪うという立場の占領軍のもとで凱旋将軍のように大学に戻ってきて大きな力を振るいました。この人たちの意見に反対すると先生になれないため、大学はあっという間に左翼の教師たちの支配する場所になりました。
本来であれば日本が独立を回復すると同時に、これらの敗戦利得者たちは一掃されるべきでした。ところが、なんといっても野党第一党が独立に反対していたわけですから、それができませんでした。その弊害は一番わかりやすい形で言論界、そして教育界に残りました。さらにはっきりいえば、教育界でも義務教育を担当する日教組などは、戦争直後に占領軍が掲げた「日本人から歴史を奪うことによってプライドを奪え」という基本方針を継続させるほうに向かったわけです。
こうして歴史教育の学会は左翼の牙城となりました。とくに共産党にとっては日本に皇室のあることがそもそも目降りで、前に述べたように戦前にはコミンテルンから皇室廃止の指示も受けていました。そのため、戦前の歴史教科書の冒頭に載っていた『日本書紀』や『古事記』などの内容は大陸の歴史的史料と整合性のあるもの以外は出さないという方針になりました。
その結果、戦後の教科書には戦前にはなかった黒弥呼やら金印やらが歴史上の大事件のごとく取り上げられるようになりました。
しかし、戦前の日本の学者がこれらを知らなかったわけではありません。知ってはいましたが、重視しなかったのです。なぜかというと卑弥呼や金印の根拠となっている「魏志優人伝」が全く信用できないものであることを百も承知だったからです。
『魏志倭人伝』は魏の国の成り立ちを讃えるための歴史を書いたものですから、魏の影響力を誇示するような話ならば噂話程度のことでも書いたのです。卑弥呼にしても、事実というより噂の噂に聞いていたような話を使ったと考えていいでしょう。また「漢委奴国王印」と刻印された金印をもらったといいますが、それにしても日本の朝廷がもらったという証拠は何もありません。おそらく九州あたりにいた豪族がもらったものなのでしょう。
ご存じのように、シナの歴史は今でも捏造といっていいほどのでたらめさに満ちています。針小棒大というか、ありもしないことをでっちあげて強引に正当化しています。今ですらそうなのですから、いわんや千年も二千年も前のシナ人がまともな歴史を書くわけがないのです。
そういう不確かな大陸の歴史書の記述を採用する一方で、『古事記」や「日本書紀』という非常に充実した内容を持つ日本の歴史書が排除されてしまったのです。日本の歴史を学ぶときにこれらを除くというのは実に非日本的です。それは日本人の起源についての伝承を排除することを意味するからです。「古事記」も「日本書紀」も神話から始まっていますが、日本の歴史を語るときに神話を除くわけにはいかないのです。なぜならば、神話時代の王朝が現代にまで続いている、世界にも稀な国が日本という国であるからです。

◆戦後の日本を大きく変え、多くの禍根を残した家制度の破壊

>戦後、天皇家はかろうじて守られたのですが、日本の家制度は大きく変わってしまいました。家制度というのは誰がつくったかわからないような制度ですが、昔から日本では家というものを大切にしてきました。いわゆる家父長制で、長男が代々家を継ぐという形で家を守ってきました。
ところが、戦後、突如として家制度を廃止することになりました。憲法という名の占領政策基本法で、結婚は家を次世代に繋いでいくためのものではなく、夫婦二人だけの問題になりました。
昔の法律では、結婚の大きな目的は家系を絶やさないところにあったように思います。ですから子供ができないときは養子をとって家を守り続けたわけですが、戦後はそれがなくなって夫婦二人を中心にすることになったのです。そのように変わったと知ったときは驚きました。
(中略)昔は「皇室というのは日本人の総本家だよ」といえば誰もが納得しました。理屈は必要ありませんでした。ところが、今はそういわれてもピンとこない。このままでは今後、皇室の存続に対して説明が必要になるような気がします。それは結果として、皇室の存続にかかわる問題になってくるのではないかと思います。これは戦後一番変わった重要な点ではないでしょうか。

【目次】

◆第一章 私の履歴書(序章)
・大恐慌の時代に生まれる
・満洲国の建国がもたらした日本国内の好景気
・二・二六事件と『キング』と講談社の絵本
・流行歌に見る時代の世相
・配給制度が始まり、戦争への危機感が高まる
・日米開戦の大本営発表に感じた興奮と爽快感
・戦中でも使っていた「キングズ・クラウン・リーダーズ」
・昭和十九年になると明らかに学校の雰囲気が変わってきた

◆第二章 終戦とは何だったのか

・玉音放送を聴いても全くなかった敗戦の実感
・戦争が終わっても続いた動員令で開墾作業に駆り出される
・中学の授業が再開され、生涯の恩師・佐藤順太先生と出会う
・日本人のインディアン化を目指したアメリカの長期占領計画
・サンフランシスコ講和条約成立の背景にあったマッカーサー証言
・昭和二十七年にマッカーサー証言が報じられていたら戦後史は変わっていた
・今にまで尾を引く単独講和派と全面講和派の対立
・戦後の闇マーケットで大儲けした在日コリアンの支持を受けていた社会党
・世界史上初めて開かれた東南アジアサミットであった「大東亜会議」
・果たして日本は侵略をしたのかー①侵略戦争の定義
・果たして日本は侵略をしたのかー②満洲に安定をもたらした満洲国の建国
・果たして日本は侵略をしたのか|③米英ソの思惑によって泥沼化した支那事変
・「勝てる戦争に負けた」という見方もできる先の大戦

◆第三章 終戦後、何がどう変わったのか
・占領政策基本法としてつくられた日本国憲法
・日本人の手に憲法を取り戻すために必要な明治憲法への回帰
・二十万人以上が引っかかった恐怖の公職追放令
・日本の歴史を奪うための先兵となった左翼知識人
・GHQが天皇の存続を許した理由はどこにあったのか
・神話が現代まで続いている世界唯一の国
・日本の虹を見るとは「皇室がいかに見えるか」ということである
・敗戦は日本の五度目の国体の変化ととらえることができる
・戦後の日本を大きく変え、多くの禍根を残した家制度の破壊

◆第四章 主権回復後の日本-冷戦と安保条約
・日本が受諾したのは東京裁判そのものではなく、その諸判決である
・アメリカ人の弁護人も首を傾げることばかりだった東京裁判
・サンフランシスコ講和条約ではなく東京裁判に従った外務省への疑念
・社会主義のダメさ加減を身にしみて知った留学時代
・「岸首相を励ます会」をつくって改定安保条約に賛成する

◆第五章 高度経済成長と東京オリンピック
・「所得倍増」のスローガンで国民の目を政治から経済へ向けた池田内閣
・自由貿易体制下であれば絶対の強みを発揮する日本の底力
・日本の経済成長を支えた石油と、画期的な発明であったコンビナートの建設
・昔も今もエネルギーの安定供給は日本の絶対的生命線
・福島原発事故に見る二つの不思議と日本独立反対派の扇動
・インフラ整備に大きな役割を果たした東京オリンピックの開催
・女性を家庭から解放した電化製品とファミリーレストラン

◆第六章 冷戦の終結と失われた二十年
・ソ連は経済から崩壊することを予言したハイエク先生
・ソ連の誕生と崩壊が日本にもたらした大きな影響
・左翼思想に代わって世界を支配し、グローバリズムの恩恵を蒙ったユダヤ
・大蔵省の愚策によって引き起こされたバブルの崩壊と失われた二十年
・安倍政権になってようやく正常化しつつある歴史教科書
・「従軍慰安婦」「女子挺身隊」..・・・虚報を流し続けた朝日新聞の大罪

◆第七章 残された課題
・恐れるべきは少子化ではなく「孫ゼロ化」
・未婚化の原因と解消の手立てを考える
・あまりにも危険な移民政策
・火力や原子力に代わる新エネルギーは簡単には生まれない
・アメリカが日本を切り捨てる可能性も全くない話ではない
・中国の標的は日本であると考えないわけにはいかない
・快適便利な生活を長く続けるための三条件|軍事・エネルギー・食糧
・これから反グローバリズムの潮流が必ず生まれてくる

◆あとがきー戦後七十年、歴史の振り子は今どこにあるのか

★4(★★★★☆) 手紙 (映画 2007) レビュー

※)これは”チラ裏”レビューです。あまり十分な推敲もしておらず、本来はチラシの裏にでも書いて捨てるレベルの駄文ですが、ここに書いて捨てさせていただいております。この先は期待値をぐっと下げて、寛容な気持ちでお読みください。ではどうぞ。

作品名:手紙 (映画 2007)
評価:★4(★★★★☆)
リンク:https://www.amazon.co.jp/dp/B0FNCYR4WZ

2026年8月5日、テレビ東京が放送した東野圭吾さんの追悼特番ドラマスペシャル「東野圭吾 手紙」を鑑賞して面白かったので、この映画版も鑑賞してみることにした。Amazonプライムビデオでレンタル料220円。
「テレビドラマ版」は2018年の製作で亀梨和也主演。本作は2007年に山田孝之主演で製作された映画版。
事前に展開を完全に知ってしまっていて、鑑賞中にもテレビドラマ版との比較が念頭に上がったりして今ひとつ気持ちが乗れなかったがこれは自分のせい。内容は十分感動できる良作だった。
本作の一番のみどころは、ラストで主人公が兄の収監されている刑務所に行き慰問公演で漫才をするところ。テレビドラマ版のラストは歌手として2人の思い出の曲「見上げてごらん夜の星を」を歌うシーンだったが、この映画版では漫才。漫才で「おれの兄貴は…」というネタを演じて舞台上と観客席で二人は密かに心を通わせる。
二人のこれまでの経緯と境遇を考えれば本当に感動的な場面なのであまりケチをつけたくはないのだが、あえて言えば、ちょっとこの場面での笑いが弱かったと思う。
私は、映画で観客が笑いながら泣かされるというのが映画のひとつの究極の形だと思っている。だからこそ、ここで本当に腹を抱えて笑うようなネタを持ってきて、それが主人公と兄の大切な思い出を想起させるものだったりしたら、もっと強烈な「笑い泣き」になったのではないかと思う。
ちなみに、私が思い切り「笑い泣き」させられた映画は「リトル・ミス・サンシャイン(2006)」という作品。おすすめ。

★3(★★★☆☆) 借りぐらしのアリエッティ (アニメ 2010) レビュー

※)これは”チラ裏”レビューです。あまり十分な推敲もしておらず、本来はチラシの裏にでも書いて捨てるレベルの駄文ですが、ここに書いて捨てさせていただいております。この先は期待値をぐっと下げて、寛容な気持ちでお読みください。ではどうぞ。

作品名:借りぐらしのアリエッティ (アニメ 2010)
評価:★3(★★★☆☆)
リンク:https://www.amazon.co.jp/dp/B00361FLDQ

2026年8月、金曜ロードショーで放映していたので初鑑賞した。
中学1年生の娘は楽しんで見ていたが、大人になった私から見ると設定の甘さばかりが気になってしまい、ストーリーの方も取り立てて心を動かされるものもなく、つまらなかった。駄作だ。
まず一番の問題は、キャラの魅力に乏しいこと。アリエッティ、どうしてあんなに魅力に乏しいのか。ジブリキャラは、ナウシカ、シータ、キキ、月島雫、千尋、みんなそれぞれに「危機」に瀕してそれを打開するために一生懸命に行動する、その姿が魅力の根源だと思うのだが、このキャラにはそれが感じられなかった。アリエッティにも一応「危機」の場面があり、父親と一緒に人間の家に「借り」に行って住民の少年に見つかってしまうのだが、少年が優しくて危害を加えてくるような意図がないため、結果的にそれほどの危機には陥らない。
むしろ、この作品で一番の危機に陥るのは主人公の母親で、この作品における最大の「敵」である家政婦のおばあさんのハルさんに捕らえられてしまう。別に女性を年齢差別したいわけではないのだが、なぜあえて主人公のアリエッティを差し置いて中年のおばさんが「キャー、キャー!!」といって恐怖する場面を設定したのか笑。
あとは設定面にも文句をつけたくなる。マチ針で武装したり洗濯バサミみたいなものを髪留めにしたり、粒状感のある液体の描写があったりと、ところどころでアリバイ的に「小人ですよ」という設定・描写が入れてあるのだが、それが全然徹底されていない。
人間界のマチ針や洗濯バサミといった小物をそのまま小人の剣や髪留めとして使うのであれば、どうして他の家具や小物は綺麗なミニチュアになっているのか疑問だ。テーブル、椅子、ベッド、服、ガラスの花瓶、精巧なドアノブの金具に対してはどういう説明をしてくれるのか?全て、「ドールハウスの小物を使ってます」という設定なのか?まあ百歩譲ってそうだとしても、あのミニチュアのティーポットの注ぎ口の径は1ミリ以下になるだろうから、そうなると水の粘性が問題になって注ぎ口からお茶や水を注ぐことはできない筈だ。詰めが甘くて子供騙しすぎて萎える。しかもそれを、ジブリクオリティの背景で描き込んでくるから尚更虚しくなってくる。
食事も何を食べているのか謎だ。後半に登場する野生児の男の子キャラがバッタの脚を食べていてアリエッティが悲鳴をあげる場面があるのだが、じゃあお前は何をタンパク源としているのかと。劇中で食べていたシチューみたいなものにはどんな具が入っているのかと。
アリエッティの家族にもリアリティがない。アリエッティの父は筋肉質の体型でサバイバルの知識もある頼れる寡黙な男、一方の母は何の生活力もなさそうなオバさん。このふたりが長年連れ添った夫婦であるという説得力が全くない。
祖父母の存在も全く触れられないので、この家族のファミリーヒストリーが全く感じられない。仮にすでに亡くなってしまっている設定だとしても、写真でも墓でも仏壇でもいいから、何らかの過去との繋がりを描くべきではないのか。それがないので、この父母娘の3人の核家族だけが何の脈絡もなくただ存在しているように見えてしまう。
しかもアリエッティには兄弟姉妹もいない。周りの小人族も少なくなっている中で家族を増やそうという考えもなく、一体この3人の家族は、一体どんな未来を描いて生きているのか?この家族は過去もなければ未来の展望もなくただ漫然とその日を生きているだけなのか。
この作品からは、「もし、自分の家の床下に、小人族がひっそり暮らしていたら面白いよね」という人間から小人への興味本位の、奇異の目線しか感じられない。小人へのリスペクトが感じられない。なんとも薄っぺらくて残念な作品だ。

★4(★★★★☆) ドラマスペシャル「東野圭吾 手紙」 (テレビドラマ 2018) レビュー

※)これは”チラ裏”レビューです。あまり十分な推敲もしておらず、本来はチラシの裏にでも書いて捨てるレベルの駄文ですが、ここに書いて捨てさせていただいております。この先は期待値をぐっと下げて、寛容な気持ちでお読みください。ではどうぞ。

作品名:ドラマスペシャル「東野圭吾 手紙」 (テレビドラマ 2018)
評価:★4(★★★★☆)
リンク:https://www.amazon.co.jp/dp/B07SFX5ZMV

2026年8月5日、テレビ東京が放送した東野圭吾さんの追悼特番ドラマスペシャル「東野圭吾 手紙」を鑑賞した。面白かった。
東野圭吾さんの作品だが、推理やサスペンスではなく、犯罪加害者の家族という立場から「家族とは何か」を描いた作品だ。しかも「強盗殺人犯の弟」という家族の絆はその主人公の人生に常にマイナスに作用するという。シンプルな設定ながら深いテーマだ。
主人公が兄と「絶縁」したあとに被害者の家族に謝罪に行き、「家族でないなら謝罪される理由もない」と言われる場面。主人公にとって、長年の心の重荷だった筈の謝罪を被害者の家族に断られた時、主人公は厄介ごとからの解放された安心感よりも兄との「絶縁」を実感した寂しさを味わっているように見えた。
ラストは主人公が歌手として刑務所の慰問に行き、兄との思い出の曲「見上げてごらん夜の星を」を歌うが、感情が込み上げてきてまともに歌うことができない。主人公は家族のためもあり兄との「絶縁」を選んだが、頭では割り切っていても、心の中ではどうしても割り切れないものが残っている。
そのことが最後の場面に凝縮されているように感じて感動した。
この「ドラマ版」は2018年の製作で亀梨和也主演。その前に2007年に山田孝之主演で映画化がされており、映画版の方ではラストの慰問公演で漫才をするらしい。映画版もぜひ観てみたいと思った。

【概要】
亀梨和也主演で2018年12月に放送したもの。犯罪加害者の弟という運命を背負い、差別や偏見の中で生きる主人公が、獄中の兄との手紙のやりとりを通して変化していく様子を描いた社会派エンターテインメント。
共演は佐藤隆太、本田翼、広瀬アリス、中村倫也、小日向文世ら。